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大阪地方裁判所 昭和37年(ワ)2033号 判決

原告 十河忠造

被告人 株式会社 下野恒男商店

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

一、原告

原告に対し、被告株式会社下野恒男商店(以下、被告下野商店と略称)は金三九万四、二九八円およびこれに対する訴状送達の日の翌日から右完済まで年六分の割合による金員を、被告株式会社樽木商店(以下、被告樽木商店と略称)は金九万二、七〇六円およびこれに対する訴状送達の日の翌日から右完済まで年六分の割合による金員を各支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。旨の判決および仮執行の宣言

二、被告ら

主文同旨の判決

第二、原告の主張および答弁

一、請求原因

1、被告下野商店は別紙目録〈省略〉記載の(一)、(二)の各約束手形(以下、本件(一)、(二)の各手形と略称)を振出し、原告は受取人訴外株式会社辰巳商店から原告と裏書の連続のある右各手形の所持人となつた。

2、被告樽木商店は別紙目録記載の(三)の約束手形(以下、本件(三)の手形と略称)を振出し、原告は受取人右辰巳商店から原告と裏書の連続のある右手形の所持人となつた。

3、よつて原告は被告らに対しそれぞれ右各手形金およびこれに対する訴状送達の日の翌日から右完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、抗弁に対する答弁

すべて否認。

なお、原告は本件(三)の手形についてはその満期前に訴外石田太良の依頼で割引き、裏書譲渡を受けた後訴外株式会社三井銀行に取立委任裏書をなし同銀行をして満期に支払場所に呈示させたが、不渡となつたので、じ来これを所持しているものであつて、期限後裏書を受けたものではない。

第三、被告下野商店の答弁および主張

一、請求原因に対する答弁

被告下野商店が本件(一)、(二)の各手形を振出したことは認める。

二、抗弁

(信託法違反)

1、訴外株式会社松原商店は辰巳商店に対し債権を有していたところ、同商店が倒産し事業所を閉鎖したため、自己の債権の回収を図るため本件(一)、(二)の各手形の白地裏書譲渡を受けたのであるが、松原商店は金属関係の商人として業界の指導的立場にあり、同業者である被告下野商店に対し右手形金請求のため訴訟を提起し難い事情にあつたため、右各手形を代表者松原勘太郎の子飼の部下でありその所有アパートの管理人をしている原告に対し訴訟をなさしめることを主たる目的として譲渡したもので、右譲渡は信託法第一一条によつて無効というべきであるから、原告は右各手形上の権利者としてその請求をなし得ない。

(人的抗弁)

2、仮に右抗弁事実が認められないとしても、被告下野商店は昭和三七年三月頃辰巳商店に対し金一七万八、六〇五円の売掛代金債権を有していたところ、辰巳商店はその支払のため同商店振出にかかる額面金五〇万円、満期同年四月二六日、支払地兵庫県三田市、支払場所株式会社神戸銀行三田支店、振出地大阪市、振出日同年四月二日、支払人および引受人訴外上田食品工業株式会社なる自己受為替手形一通を持参し、これを裏書譲渡する代りに、差額金三二万一、三九五円の交付を求めるので、同被告は右要求を容れ右為替手形一通の裏書譲渡を受けるのと引換に右差額金支払のため本件(一)の手形を振出したのであるが、右為替手形についてはその後満期に支払場所に呈示したけれども不渡となり未だにその支払はなされていないので、同被告は辰巳商店に対し本件(一)の手形につき何らの支払義務もない。また同被告は辰巳商店に対する買掛代金七万二、九〇三円の支払のため本件(二)の手形を振出したものであるが、前記為替手形が不渡となつたので昭和三七年四月二六日頃同商店に対し同商店に対する売掛代金一七万八、六〇五円を以て前記買掛代金債務と対当額で相殺する旨の意思表示をした。よつて同被告は同日頃以降辰巳商店に対し本件(二)の手形につき何らの支払義務もない。ところで辰巳商店は右(一)、(二)の各手形を訴外株式会社三菱銀行に裏書譲渡して割引を受けていたが、営業不振のため事業を閉鎖し事実上の整理をした際、同銀行に手形金を支払い右各手形の返還を受けていたところ、原告は辰巳商店の整理参謀であり右各手形につき辰巳商店代表者から右各事情を聞きこのことを知りながらその裏書譲渡を受けたものであるから、被告下野商店は辰巳商店に対する前記人的抗弁を以て原告に対抗できるものというべく、従つて原告に対し右各手形につき何らの支払義務もない。

第四、被告樽木商店の答弁および主張

一、請求原因に対する答弁

被告樽木商店が本件(三)の手形を振出したことは認めるが、その余は不知。

二、抗弁

(信託法違反)

1、辰巳商店から原告に対する本件(三)の手形の裏書譲渡は訴訟をなすことを主たる目的としたもので信託法第一一条に違反し無効のものであるから、原告は右手形上の権利者としてその請求をなし得ない。

(期限後裏書)

2、仮に右抗弁事実が認められないとしても、辰巳商店は原告に対し本件(三)の手形を満期後に裏書譲渡したものであり(右手形によると右裏書の日付は昭和三七年一月二五日と記載されているが、それは辰巳商店が三菱銀行に対し割引のため裏書譲渡した際のもので、満期前受戻し更に原告に裏書譲渡するに当り右銀行名を抹消して原告名を記載しただけで前記裏書の日付を抹消しなかつたことによるものである。)被告樽木商店は昭和三七年二月一二日辰巳商店に対して有する売掛代金債権を以て右手形の原因関係となつている辰巳商店に対する買掛代金債務と対当額で相殺したものであり右手形の原因関係は既に消滅しているにもかかわらず、原告は右手形上の権利を期限後裏書によつて取得したものであるから、同被告に対し手形上の権利を主張できない。

(人的抗弁)

3、仮に右抗弁事実が認められないとしても、被告樽木商店は前記のとおり昭和三七年二月一二日辰巳商店に対する売掛代金債権を以て本件(三)の手形の原因関係となつている同商店に対する買掛代金債務と対当額で相殺したものであるが、原告は右事実を知りながら辰巳商店の倒産寸前同商店から右手形の裏書譲渡を受けたものであるから、同被告は右相殺の事実を以て原告に対抗できるものというべく、従つて原告に対し右手形につき何らの支払義務をも負わない。

第五、証拠関係〈省略〉

理由

第一、被告下野商店に対する請求について

一、原告の被告下野商店に対する請求原因事実中、右被告が本件(一)、(二)の各手形を振出したことは当事者間に争いがなく、その余の点については同被告において明らかに争わないので自白したものとみなす。

二、そこで同被告の抗弁について判断する。

(信託法違反の抗弁について)

成立に争いのない乙第一号証、被告下野商店代表者本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認めることができる同第二号証および証人辰巳光雄、同石田太良、同樽木哲夫の各証言、原告本人、被告下野商店代表者本人各尋問の結果によると次の事実を認めることができる。即ち、本件(一)の手形は、訴外辰巳商店が被告下野商店に売却した商品が後日返品されることによつて同被告に対し返還すべき右商品代金一七万八、六〇五円につき、右金員を超過した辰巳商店振出にかかる額面金五〇万円、満期昭和三七年四月二六日、支払地兵庫県三田市、支払場所株式会社神戸銀行三田支店、振出地大阪市、振出日白地(後日昭和三七年四月二日と補充)支払人および引受人上田食品工業株式会社なる自己受為替手形一通(乙第一号証)を同被告に裏書譲渡するに当り、その差額金支払のために同被告から振出されたものであり、本件(二)の手形は、同被告が辰巳商店に対する買掛代金債務支払のために振出されたものにして、同商店は右各手形を本件(三)の手形とともに三菱銀行生野支店においてその割引を得ていたのであるが、昭和三七年二月一二日頃同商店の倒産により、その依頼を受けて整理に当ることとなつた訴外石田太良は本件(一)ないし(三)の各手形を含み割引金額を遙かに超過する手形が同商店から右銀行あて担保として裏書譲渡されていることを知つたので、右割引金額のすべてを支払い同商店あて右各手形の返還を受けたこと、訴外松原商店は被告らおよび辰巳商店同様ブリキおよび地金等の販売を業とする会社で、辰巳商店の倒産時被告らと同じく同商店に対して債権を有していたものであるが、右倒産時同商店に対する債権者らがいち早く在庫商品を持帰るなどして債権の回収を図つたのに対しこれに立遅れたため、金三〇〇万円に及ぶ債権につき殆んどその取立をなし得なかつたこと、原告は親戚に当る松原商店の代表者松原勘太郎を頼つて郷里高松から来阪し同人の尽力によつて就職する傍ら同人方に寄寓し、後同人経営のアパートの管理人を兼ね同所に居住している者にして、格別の資産はなく、また収入も日常の生計を維持するに足るだけのものであり、たとえ多少の余裕があるとしても他人に纒つて金員を貸与するだけの資力を有しない者であること、原告は本件(一)ないし(三)の各手形の振出人である被告らの各信用状態につき何らの調査をもすることなくその裏書譲渡を受けており、右各手形の不渡後は被告らにその支払方を催告することなく直ちに本訴提起に及んでいること。以上の事実を認めることができ、右認定に反する資料はないのであつて、これらの事実に弁論の全趣旨を併せ考えると、松原商店は辰巳商店に対する債権取立のため、同商店の整理を担当していた石田太良を通じ本件(一)ないし(三)の各手形の譲渡を受けることとしたのであるが、右各手形の振出人である被告らも辰巳商店の倒産によつて同商店に対し取立不能の債権を有していることは同業者の関係もあつて当然了知していたところであるから、被告らに対し右各手形上の請求をなすためには結局訴訟によらねばならないものと判断したのであるが、訴訟によることは被告らが同業者であることに加えて、そもそも右各手形を辰巳商店の倒産後取得している関係もあつて、自己の業界における信用上好ましくないものと考えたことから、石田太良とも相謀り、一旦右各手形の白地裏書譲渡を受けたうえ、直ちに前記認定のとおり代表者と緊密な関係にある原告に対しこれらを交付して譲渡し、同人をして被告らを相手方として右各手形につき訴訟をなさしめることとした事実を推認することができる。ところで、証人石田太良、同辰巳光雄の各証言および原告本人尋問の結果中には、原告は本件各手形を含む四通の手形を辰巳商店の依頼により金五六万円で割引いた旨の供述部分があるけれども、右はこれを除く前記各証拠に照らし信用できない。してみると原告は松原商店から本件各手形を訴訟をなすことを主たる目的として譲受けたものというべく、右譲渡行為は信託法第一一条に照らし無効のものであるから、原告は右各手形上の権利者としてその請求をなし得ない。よつて被告下野商店の本抗弁は理由がある。

三、してみると原告の被告下野商店に対する請求はその余の抗弁について判断するまでもなく既に失当である。

第二、被告樽木商店に対する請求について

一、原告の被告樽木商店に対する請求原因事実中、右被告が本件(三)の手形を振出したことは当事者間に争いがなく、振出部分の成立については争いのない甲第二号証の存在およびその裏書部分の記載によると、原告は右手形の受取人辰巳商店から原告と裏書の連続のある右手形の所持人である事実を認めることができ、右認定に反する資料はない。

二、そこで同被告の抗弁について判断する。

(人的抗弁について)

証人辰巳光雄、同石田太良、同樽木哲夫の各証言および被告下野商店代表者本人尋問の結果によると次の事実を認めることができる。即ち、被告樽木商店は前記認定のとおりブリキおよび地金等の販売を業とする会社なるところ、同種商店の販売を業とする辰巳商店とかねてから相互に売買取引があり、本件(三)の手形は同被告が辰巳商店に対する買掛代金支払のため振出されたものであるが、一方同被告も辰巳商店には多額の商品を売掛け同商店の倒産した昭和三七年二月一二日頃には合計金五〇〇万円前後の売掛代金債権を有していた。よつて同被告は辰巳商店の倒産に際しては直ちに同商店所有の商品を保管していた被告下野商店の倉庫に至り金一五〇万円相当のブリキ材料等を引取つたのであるが、右物品を代物弁済として受領したとしてもなお多額の債権が残存するので、その際辰巳商店に対し本件(三)の手形の原因債務については同商店に対する売掛残代金債権を以て対当額で相殺する旨の意思表示をなし、従つてもし右手形を満期に支払場所に呈示されるようなことがあつてもその支払は当然拒絶する旨通告した。以上の事実を認めることができるのであつて、証人石田太良の証言中右認定に反する部分はこれを除く前記各証拠に照らし信用できない。よつて本件(三)の手形についてはその原因関係が既に消滅していることは明らかである。次に、被告下野商店の抗弁につき既に認定の事実から考えると、本件(三)の手形は、(一)、(二)の各手形と同様辰巳商店からその倒産後整理を委ねられていた石田太良を介し松原商店に対し同商店に対する債務の一部弁済として白地裏書譲渡された後、松原商店から同商店代表者と緊密な間柄にあつた原告に対し訴訟をなすことを主たる目的として譲渡されたものであるが、同商店においてこのような手段を講ぜしめるに至つた原因は、同商店において右手形の原因関係が既に消滅していることを知悉していたことがその主要な一因をなしていたものと推認するに十分であり、また同商店と前記関係にあつた原告が前記目的の下に右手形の譲渡を受けたとすれば同人においても右手形についての前記事情は同商店あるいは石田太良から告げられることによつてこれを了知していたものと推認するに十分である。そうだとすると右各推認を覆すに足る資料のない本件においては原告は松原商店ともども本件(三)の手形につき原因関係消滅の事実を知りながらこれを取得した悪意の所持人というべく、被告樽木商店の本抗弁は理由がある。

三、してみると原告の被告樽木商店に対する請求はその余の抗弁について判断するまでもなく既に失当である。

第三、むすび

以上の理由からして原告の本訴請求はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高田政彦)

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